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東京高等裁判所 昭和55年(う)302号 決定

主文

検察官請求の書証甲一の1(アール・H・シャッテンバーグの大陪審証言調書の抄本)を証拠として採用する。

理由

一、本件証言調書の取調請求に至る経緯等について

検察官提出の関係証拠及び本件証言調書自体の形式・記載内容等を検討すると、東京高等検察庁検察官は本件被告人に対する原判決言渡し後において、米国司法省刑事局に対し、昭和五一年三月二四日日米両国間で締結された「ロッキード・エアクラフト社問題に関する法執行についての相互援助のための手続」と題する取決めに基づき、昭和四八年一一月三日のロスアンゼルス国際空港における二〇万ドル授受に関連する資料で、いまだ日本国当局が提供を受けておらず、かつ米国司法省が米国法の制限のもとで提供することが可能なものを入手したい旨要請したところ、米国司法省当局側は、既存のアール・H・シャッテンバーグの大陪審における本件証言調書の関係部分が右要請に対応するものと認めたが、米国法上の右証言調書の秘密性(非公開性)を解除する前提として、右シャッテンバーグの行為が日本国の法令に違反しないことの確認を要請してきたこと、検察当局は、これを受けて昭和五七年八月一七日付東京高等検察庁検事長名義のその旨の証明書を送付したこと、その結果、同年九月一〇日米国司法省刑事局検事がした前記日本国当局の要請に基づく本件証言調書の開示の申立を受けて、同日当該大陪審を管轄する連邦コロンビア特別区地方裁判所の首席判事は右開示を許可する命令書を発したこと、そのうえで本件証言調書は米国司法省刑事局から同月一六日頃、日本の検察当局へ送付されたものであることが認められる。

右事実によると、本件証言調書は前記日米司法共助の取決めに基づく日本国検察当局の資料提供の要請に応じ、米国司法省当局において本件証言調書が提供できるものと認め、米国法上適式に開示の手続をとつたうえ、これを日本国検察当局に送付してきたものであり、前記司法共助の取決めは、提供される資料がロッキード社に関連する事件(本件二〇万ドルの授受の件はまさにその場合に該当する。)の裁判上の証拠として使用されることを許容しているのであるから、検察官が本件証言調書を入手したことに違法不当な点はなく、これを本件で証拠として申請することになんら妨げはないというべきである。弁護人側は本件証言調書の証人尋問手続の適法性及び証言調書の開示の正当性について疑義があるようにいうが、前者の点は共助の受託国である米国の国内法上の手続に属する事柄であり、米国側において本件証言調書を裁判所の公式記録として取扱つていた以上、証人尋問手続は適法に行われたものと認めるべきであるし、本件被告人としては、その証人尋問手続に重大かつ明白な欠陥の存在する等特段の事情の認められない限り、右手続の瑕疵を主張できる立場にはないというべきである(右特段の事情は本件では認められない。)。また後者の開示の点は、前記経過からすると適法・有効に行われたものと認めることができる。(なお、弁護人は、前記米国裁判所の開示命令の対象が東京地方検察庁と記載されていることを挙げて、証拠能力を争つているが、そのために本件証言調書を当裁判所に提出することが制約される理由はない。)

また、前記経過からすると、検察官側は本件の原判決の言渡し以後においてはじめて本件証言調書の存在を知悉したものと認められるので、原審においてその証拠調を請求することができなかつたやむを得ない事情があるというべきであつて、その取調請求をもつて事後審たる当審における取調請求の制限(刑訴法三八二条の二参照)に抵触するものとはいえない。

二、本件証言調書の証拠能力について

検察官はこれを刑訴法三二一条一項三号書面に該当するとして請求しているので、右条項所定の要件の有無について検討すると、

(一)  公判期日における供述不能の要件については、検察官提出の疎明資料(シャッテンバーグの飯田検事の照会に対する回答の手紙)によると、シャッテンバーグは米国に在住しており、本件の証人として来日する意思はない旨表明していることが認められるから、当裁判所が証人喚問をしても出頭しないことは確実とみられる。そうであれば、まさしく供述者が国外にいるため、公判準備または公判期日において供述することができない場合に該当するというべきである。

(二)  次に不可欠性の要件については、本件審理の経過に照らし、ロスアンゼルス国際空港における二〇万ドル授受の有無については、クラッターの嘱託証人尋問調書におけるこれを認める供述と、これを否定する被告人及びこれに同行した被告人側の証人らの供述とが鋭く対立し、右クラッターの供述の信用性の有無が事実認定上の最重要問題となつているところ、クラッターの供述によれば、シャッテンバーグは前記二〇万ドルの授受に際しクラッターと同行し、当該授受の場面に立ち会つたというのであり、また、本件証言調書によると、シャッテンバーグも右授受について供述していることが認められ、かような状況からするとシャッテンバーグは本件授受の有無に関する直接の関与者で最良の証人的立場にあるといえるのであり、本件証言調書はその意味において、またクラッターの供述の信用性の判断の資料としても、まさに不可欠の証拠というに妨げない。よつて、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができない場合に該当するということができる。

(三)  特信性の要件について

本件証言調書の形式及び記載内容等によると、シャッテンバーグは一九七七年(昭和五二年)一月一八日、米連邦コロンビア特別区地方裁判所に設置された大陪審において、ロッキード・エアクラフト社及びその子会社等を被疑者とする連邦法典一八編一三四一条等違反の嫌疑について、召喚令状により証人として召喚され、陪審員の面前において宣誓したうえ、虚偽の陳述をすれば偽証の制裁があることを知悉しつつ、また法廷外に自己の弁護人が待機していて、相談したいときはいつでもこれと相談できることを許された状況のもとで、連邦司法省刑事局検事の行つた尋問に対し本件証言をしたものであり、尋問と証言は一問一答式ですべて公認速記者により正確に録取されたものであることが認められるほか、本件二〇万ドルの授受に関連する同額の小切手請求書及び小切手の写し等、関係証拠物を示されて記憶を喚起しつつ証言した経過も窺われるのであつて、かような証人尋問手続の状況からすると、一般的に虚偽の供述がなされる危険性は極めて少なく、誠実な証言を期待できる外部的一般的状況が確保されていたということができ、かかる状況のもとに行われた証人尋問手続における本件証言調書の供述(本件証言調書は右証人尋問調書の関係部分の真正な抄本であることは、添付されたクラーク検事の証明書により明らかである。)は、「その供述が特に信用すべき状況の下にされたもの」に該当するということができる。また、右状況下においては、供述の任意性は十分に担保されていたと認めることができる。

以上の理由により、本件証言調書は刑訴法三二一条一項三号書面としての要件を備えているものと判断する。

(海老原震一 和田保 杉山英巳)

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